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東京高等裁判所 昭和63年(う)626号 判決

本籍

高松市香西本町五七一番地

住居

同市同町一〇七番地二

会社役員

小島葵

昭和一八年五月二日生

右の者に対する相続税法違反、所得税法違反被告事件について、昭和六三年三月三〇日横浜地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があつたので、当裁判所は、検察官平本喜禄出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人淡谷まり子名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官平本喜禄名義の答弁書にそれぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

所論は、要するに、原判決の量刑はいずれも重きに失し不当であるから、それぞれ破棄して減軽すべきであるというのである。

そこで、原審記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討するに、本件は、被告人が、(1)庄司孝英、俵利美、二宮啓、新開一史及び金義信のほか、後記納税義務者らと共謀の上、塚越治義及び矢部一夫の相続税並びに所得税、井山正一ら三名及び飯田熊翁ら三名の相続税をそれぞれ免れようと企て、昭和五八年五月から同五九年八月までの間、六回にわたり、いずれも架空の債務を計上する方法により、相続税合計八億一四六四万七四〇〇円、所得税合計八八八五万三一〇〇円を免れ(原判示第一、第二の各一、二、第三、第四の各事実)、(2)俵利美及び二宮啓のほか、後記納税義務者らと共謀の上、福田一夫ら二名及び矢部重雄の相続税をそれぞれ免れようと企て、同六〇年五月から同年六月までの間、二回にわたり、いずれも架空の債務を計上する方法により、相続税合計六億八四〇七万三三〇〇円を免れ(原判示第五、第六の各事実)たという、長期間にわたる巨額の脱税請負事件であつて、その犯行回数が多い上、逋脱額は実に一五億八七五七万三八〇〇円にも及んでいること、被告人は、当時、高松市内において、反共郷友会(右翼活動を目的とした団体)を組織し、その会長の地位にあつた者であつて、右組織の活動資金を獲得すべく、脱税額の半額を報酬として得る約束の許に、所得税法や相続税法の各規定を悪用し、更に、事前に国税当局の意向を打診するなどして、税理士の俵利美、あるいはその事務員に命じて、納税申告書に架空の債務を記載した内容虚偽の申告書を作成させ、これをあたかも真正に作成されたかの如く装つて、本件の各申告手続を行い、一部については既に真正の納税申告書を用いて申告手続が終了していたものにつき、その記載に誤りがあるとして、わざわざその申告書を取り戻し、改めて虚偽の記載をした申告書を作成して提出するなど、納税額の少ないことを希望する納税者の意思を巧みに利用し、多額の報酬を得ようとした極めて悪質かつ計画的な犯行である上、動機の点でも全く酌むべきものが認められないこと、本件において被告人の果した役割に徴し、被告人が本件犯行の主犯格であることは疑う余地がないばかりか、その報酬として、少なくとも、原判示第一、第二の各一、二、第三、第四の犯行により合計二億七六五〇万円、原判示第五、第六の犯行により合計六一〇〇万円を得ていること、しかも、被告人は、原判示確定裁判の項に説示されている判決の言渡しを受けた後、僅か四か月足らずのうちに、原判示第五、第六の各犯行に及んでいること、そのほか被告人には、昭和三七年一月から同五九年六月までの間に、暴行、傷害、暴力行為等処罰に関する法律違反、窃盗、賍物牙保、廃棄物の処理及び清掃に関する法律違反、公職選挙法違反、船舶安全法違反、船舶職員法違反の各罪により、懲役刑に三回(いずれも執行猶予付のもの)、罰金刑に五回(そのうち一回は懲役刑と同時に裁判を受けたもの)それぞれ処せられていることに鑑み、遵法精神が著しく欠如しているものというべく、以上の諸点に徴すると、被告人の刑責は甚だ重いといわなければならない。

所論は、被告人が二年以上もの長期間にわたり、繰り返し本件脱税に関与したのは、本件を含めた類似の事案に対する国税当局や検察当局の対応の不徹底さに起因する面があるので、この点を被告人のため有利に斟酌すべきである旨主張する。

しかしながら、申告納税制度の許において、被告人は、所得税法や相続税法の規定を悪用し、多額の報酬を得ようとして本件各犯行を繰り返していたものであり、しかも、原判示確定裁判の後においても、原判示第五、第六の各犯行を重ねているのであつて、たとえ国税当局や検察当局が適正に対応していたとしても、所論のように、被告人が本件犯行を早い時期に断念していたか否かは極めて疑わしい上、国税当局や検察当局が早期に適正な措置を講じなかつたことが、本件の刑を量定するに当たり、これを被告人のため有利に斟酌すべき事情とは到底認め難いところであるから、右主張は採用することが出来ない。

次に、所論は、本件犯行につき、共犯者である庄司や二宮が積極的に納税者を勧誘し、報酬を含めた脱税工作を請け負つたものであつて、被告人の誘いや指示によつてなされたものでないことは勿論、同人らの独自の意思に基づくもので、被告人の関与は常に受動的なものであつたから、被告人が主犯格であるとか、主導的役割を果したとはいえない旨主張する。

確かに、被告人が納税義務者らを直接探し出すなどした形跡は窺えないけれども、しかし、被告人は、本件脱税請負に関与した回数がもつとも多いことはもとより、庄司や二宮らが脱税を意図している納税義務者らを探し出して来るや、いずれの場合も脱税の手段方法として債務の架空計上を自ら決定した上、税理士である世俵らに命じて虚偽の納税申告書を作成させ、あるいは右翼団体の肩書きを誇示して国税当局に働き掛け、あたかも本件各申告が適正になされているかの如く装うなど、不正の発覚を極力防止しようと努めたばかりでなく、本件各犯行ごとの報酬の取得額も他の共犯者らに対比し、いずれも多額であることなどに徴すれば、本件に対する各関与が常に受動的なものであつたとは到底認められず、被告人が主導的役割を果した主犯格であることは明らかであるから、右の所論もたやすく採用することは出来ない。

してみると、被告人は、反共郷友会から身を引いて右翼活動から離脱したことは勿論、本件について深く反省し、長年修業して来た尺八の道を邁進すべく、子弟の指導に当たる傍ら、老人施設を訪問してその芸を披露するなど、数々の福祉活動を行つていること、原審当時、既に二名の納税者から受領した報酬の一部四三七五万円を返済したほか、当審に至り、納税者の一名から取得した報酬を返済すべく、同人との間に和解を成立させて、一〇〇〇万円を支払つたこと、その他所論が指摘する被告人に有利な諸般の情状を十分斟酌しても、原判示第一、第二の各一、二、第三、第四の各事実につき懲役一年に、第五、第六の各事実につき懲役二年にそれぞれ処した原判決の量刑は、いずれも相当であつて、これらが重過ぎて不当であるとは考えられない。

論旨はいずれも理由がない。

よつて、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 半谷恭一 裁判官 新田誠志 裁判官 浜井一夫)

○ 控訴趣意書

被告人 小島葵

右被告人に対する相続税法違反・所得税法違反被告事件の控訴の趣旨は左のとおりである。

昭和六三年七月三〇日

右弁護人 淡谷まり子

東京高等裁判所第一刑事部 御中

第一、原判決の量刑は重きに失するものであり、破棄されるのが相当である。以下その理由を述べる。

一、本件犯行に至る経緯

1 被告人が本件のような不正申告に手を貸すようになった背景には、その当時同種の税務申告が全国各地の税務署で行なわれており、これが黙認されていたという事情が存する。

原判決も指摘するように、本件犯行による逋脱金額は相当の額にのぼるが、その手段・方法はきわめて稚拙なものである。被告人らが税務署に提出した申告書は、税務署員のみならず、素人が一目見てもその内容に疑問を抱くような乱暴きわまりないものであって、意図的、計画的に税務当局を欺罔しようとした事案ではないことは明らかと言ってよい。

従って、被告人の責任を判断するに当たっては、こうした本件犯行の背景をまず検討する必要があるが、原判決にはそのあとが全く見られない。原判決は被告人が本件犯行に至った経緯について

「被告人は、高額な税金の納付義務者の納税に介入して多額の謝礼を得ようと企て、脱税の方法については、被告人が税務署職員と接触する中で指示や暗示を受けたものを本件において悪用した………」

と認定しているのみである。しかし問題は、なぜ被告人らが「納税に介入」しようと企てるに至ったのかであって、その点を抜きにしては、被告人の性格の反社会性の程度・責任の軽重を論ずることはできないのである。

2 被告人らが本件犯行に至るかなり前から、同和団体などを中心として、違法な税務申告が行なわれており、税務当局も長い間これを黙過していたことは公知の事実である。こうした税務当局の対応は、同和団体などに対する過度の配慮から出たものと思われるが、これがそれ以外の人間にも、「同和に認められるのなら、自分たちにも何とか」という気持を抱かせたことは当然である。税務処理は、どこでも誰に対しても同じように行われるという原則が貫かれないのなら、少しでも有利な扱いを受けたいと思うのは、当然の人情とも言えるからである。

被告人が本件において起訴されている事案は、昭和五八年五月から同六〇年六月まで二年以上にわたっているが、被告人らの行った申告が、このように長期間問題にされなかったということ自体、本件の背景をよく物語っている。前述のとおり、被告人らが作成、提出した申告書は乱暴きわまりない内容のものであり、一見しただけで不審を抱かせるものである。にも拘らず、所轄税務署が唯々諾々とこれを受理し、東京国税局の査察が入るまで、放置しておいたのは、誠に不可解というほかない。

もし、所轄税務署がこれらをきちんとチェックし、法定納期限内に更正申告を命ずるなどの対応をしていれば、被告人も本件のような申告が通るものでないことを悟り、早い時期に犯行を断念した筈である。しかし実際には、本件の各申告は所轄税務署を通過し、国税局の査察が一斉に入るまで問題にされることはなかったのである。本件における被告人の責任を論ずるに当たっては、こうした経緯が十分考慮される必要があろう。

3 更に、被告人らが本件のごとき犯行を開始するに当たって、その具体的手段・方法の教示を税務署の職員から得たというのも、看過し得ない事実である。この点については原判決も

「脱税の方法については、被告人が税務署職員と接触する中で指示や暗示を受けたものを本件において悪用した」

と認定しているが、何ゆえに税務署職員がかような指示や暗示を被告人に与えたのかという、最も重要な点を検討していない。

本来厳正な法の適用・執行に当たるべき税務署職員が、脱税のための手段・方法を一般人に教示するなどというのは、あり得べからざることである。しかし実際にはそうした行為が行なわれていた事実を認定するのであれば、それが本件犯行にとってどのような意味を持つものであるか、とくと吟味すべきであろう。

被告人に対して脱税の方法を教示したのが税務署の職員であるとなれば、被告人が不正な税務申告を行うについて、強い違法性の意識を抱かなかったことは、当然と言える。それどころか被告人の公判廷の供述にあるように、被告人は本件各事案が脱税で摘発されることがあるとすら思っていなかったのである。同人の供述によれば、国税局の職員は、被告人の行った申告が問題になるような場合には連絡をするから、修正申告するようにと話していたという。

被告人としては、国税局の職員が右の如き対応をするに至った背景について、当審において更に立証を行いたいと考えている。この点を明らかにしなければ、なぜ本件の如き不正な申告が堂々と行なわれたのか、そしてそれが何年も黙過されていたのかを解明することはできないし、それに関わった被告人らの責任を論ずることもできないからである。

二、被告人の役割と責任

1 本件に関連して起訴された関係者らは全部で一六名いるが、そのうち実刑判決を受けているのは被告人と俵、庄司、二宮のみである。しかも俵、二宮が懲役一年、庄司が一年六月であるのに対し、被告人は懲役三年(併合罪となる関係で懲役一年と二年に分かれているが)と飛び抜けて重い。起訴された事案の全件に関与しているのは被告人のみであるから、被告人の責任が決して軽くないのは当然であるとしても、本件において実際に被告人が分担した役割、関与に於ける積極性の程度等を考えれば、やはり右の量刑は重すぎると言わざるを得ない。

2 本件各犯行が行なわれるに至った手順は、いずれもほぼ同じである。即ち、多額の相続税を抱えている人間を探し出し、その人間に対して相続税の申告手続をまかせれば税金が安くなるという勧誘を行い、謝礼の取り決めなどをした上で必要書類を準備させる。そしてこれをもとに虚偽の税務申告書を作成した上で、納税者ともども所轄税務署に赴き、右の申告書を提出するというものである。

右の一連の流れのうち、被告人が関与するのは、「仲介者」グループから渡された書類を申告書を作る俵らに取次ぐことと、出来上がった申告書を持って納税者と共に税務署に行き、これを提出することのみである。最も肝心な、納税者に対する脱税の勧誘や謝礼金の交渉等は、すべて「仲介者」グループが行っており、被告人はほとんどの場合申告当日まで納税者と顔さえ合わせていない。

もともと被告人が本件のような不正な税務申告の手伝いをするようになったのは、共犯者である庄司が、地元で色々な人からの相談ごとを受ける立場にあった被告人にその種の依頼を持ち込むようになったことからである。

被告人が庄司の依頼に応じてこれに協力するようになった理由の一つは、前一に述べたように、当時同和や民商等の団体が税金に関して有利な取り計らいを受けているということを、被告人自身も聞き及んでおり、これがために強い違法性の認識を持たなかったことにある。税務署がある種の人間やグループに対して特別の取り扱いをするところであるならば、交渉によって税額を低くすることは、それほど悪いことではないという考え方を被告人が持つに至ったとしても、あながちこれを責めることはできないであろう。

そして、庄司の右の依頼をきっかけに、脱税を手伝うようになった被告人に対し、庄司のみならず金田や二宮らは次々と新しく納税者を探し出して依頼を持ち込むようになった。しかし、この間の被告人の対応は一貫して受動的なものであり、庄司や二宮らが積極的に何人もの人間に声をかけ「もうけ話がある」「いい金になる」と勧誘していたのとは対照的と言える。

しかも、納税者らに対し不正な申告をするよう説得していたのも、これら仲介者グループの者たちである。その際、仲介者らは「力のある人が口をきいてくれる」とか「その人は右翼の大物だ」という説明をして納税者らを信用させようとしたが、右の如き説明は仲介者である庄司や二宮が勝手に行ったものであって、被告人が指示したわけではない。むしろ本件においては、仲介者らが被告人を勝手に「右翼の大物」や「税務署に顔のきく実力者」に仕立て上げ、その虚像を宣伝することによって、納税者を不法申告に導いたという側面が強いのである。

従って、本件において各共犯者が果たした役割の中で特に違法性の程度の強い行為、反社会性のある行為と言えば、仲介者グループの行動であったと言える。しかるに原判決が被告人に対する量刑を最も重くしているのは、右の本件犯行の実態を無視したものと言わざるを得ない。

3 更に、本件において被告人がいわゆる「主犯」と目される立場にいなかったことも、改めて明確にしておかなければならない。

既にのべたように、本件犯行にはその各段階で様々の人間が関与しているが、事前の連絡や打合せに基いて仕事が始められるわけではないし、共犯者各人の間に指揮命令系統があるわけでもない。仲介者グループは被告人の意向とは関わりなく「客」となる納税者を探し、これに対する説得・勧誘を行って脱税工作の依頼を受ける。そして謝礼の金額も、この段階で決定されるのである。

こうした作業がすべて済んでから被告人は仲介者グループから連絡を受け、申告書を作成する俵税理士に話を持っていくのであるが、被告人が俵に連絡をして以降は、実際の申告書作成に当って必要な書類等は、仲介者である庄司や二宮から直接俵に届けられたりしており、具体的作業は被告人を抜きにして進められている。本件の各申告について、それぞれどのような申告書が作成されているかを被告人が知るのは、申告書提出直前になってからであることも、右の事実を裏付けている。

4 これら共犯者各自の行動、それぞれの果たした役割を見れば、本件において被告人が他の共犯者に対して優越的地位に立っている、或は主犯としての地位にあると言えないことは明白であろう。むしろ被告人の分担した役割は、本件全体の中では、それほど重要なものではないとすら言える。なぜなら、税務署は申告書自体はどんなものでも受け付けざるを得ず、場合によっては郵送することさえできるのであるから、俵らが作成した申告書を納税者と一緒に税務署に提出しに行き、受け付けて貰うというのは、--納税者自身がどう認識していたかは別として--それほど意味のある行為ではないからである。

原判決はこの点について

「(被告人は)共犯者である俵税理士らを使って架空債務を計上した申告書を作成させるなどの準備をし、納税義務者とともに所轄税務署に赴き、虚偽の申告をして税務署に申告を受理させ、納税義務者側から多額の謝礼を受取っていた…………」

として、「税務署に申告を受理させ」るのが、あたかも被告人の特別の力ないし影響力によってなされたの如く認定しているが、これは事実に反する。前述したように、その内容を認めるかどうかは別として、税務署は提出された申告書自体は、どんな場合でも受理するのは当然だからである。

このように、本件犯行全体の中に占める被告人の役割の比重を考えれば、被告人が本件の主犯ないし指導者ではないことは明らかであるにも拘わらず、被告人の刑事責任を他の共犯者より著しく重く認定した原判決は不当であると言わざるを得ない。

三、謝礼金の分配について

前述のような被告人と他の共犯者らとの役割関係、本件において被告人の行動が占める比重は、謝礼金の決定・分配によっても裏付けることができる。

被告人と仲介者グループの者たちとの謝礼の配分は、事案によって必ずしも同一ではないが、被告人が自分の受取った金額の中から納税分の支払をしていることを考えると、実質的な利得は仲介者らの方が多く得ていることは明白である。この点についての二宮、金田らの供述は、被告人のそれとかなり喰い違っているが、被告人の供述の方が合理的かつ自然で信用しうるものであることは、原審の弁論で被告側がるる主張したとおりである。

しかるに原判決は、右の謝礼金の分配について

「分配先不明の分を除いて、被告人には約二億円が渡っており」

としているのみで、各共犯者間の分配についての検討を全く回避してしまっている。

しかし、既に述べたように本件の謝礼金が、どのような経過によっていくらずつ分配されたかは、本件事案における各共犯者の役割、責任の軽重を判断するに当って最も重要な手がかりとも言うべき事項である。しかも仲介者グループの二宮、金田らは、謝礼の分配は被告人が決定し、その相当部分を被告人が取得していると主張しており、これを理由に本件の主犯は被告人であるとしているのであるから、この点に関する検討を抜きにしては、本件事案の実態も明らかにならないのである。

にも拘らず、これについての検討、判断を示さないまま被告人の量刑を最も重く定めた原判決は、著しく不当なものと言わざるを得ない。

四、本件の量刑について

1 既に述べた通り、原判決は本件事案の全容を十分に検討せず、被告人が本件において果たした役割をも十分吟味することなく、共犯者中被告人に対して最も重い刑を課している。しかし、他の共犯者の刑とのバランスから言っても、合計三年という量刑は重きに失するものである。

被告人はこれまで大過なく社会生活を過ごしてきており、家庭にあっては通常の父であり夫であった。その被告人が今回のような事件を起こすようになったのは、共犯者である庄司が税金の相談を被告人に持ち込んだことからである。

しかも被告人が特にこれといった策を弄したわけでもないのに、これについて高松税務署職員が相続税の無申告を認める態度を取り、更には、世上噂されている同和団体等の行う税務申告の手口などを、被告人に具体的に教えたりしたことが、被告人をして更に本件の如き犯行を行わしめる原因となっている。被告人や庄司らによるこうした不正申告は、昭和五六年頃から行われていたのにも拘らず、被告人が最初に税金の不正申告に関連して、岡山地方検察庁の捜査を受け、起訴されたのは、昭和五九年七月のことであり、右時点では本件各犯行のうち塚越、矢部一夫、井山の件は既に終了していたのである。

更に右の岡山の事件においては、その規模こそ違え事案の内容は本件事案とほとんど同一であったたにも拘らず、捜査官側はかかる不正な申告が納税者や仲介者、被告人ら一体となって行なわれ、しかも税務署によって黙過・黙認されている事実を認めようとしなかったため、詐欺事案として処理されるに至った。そのため被告人は本件の如き不正申告や税務署の取扱い自体は問題にされないのだと考え、一方仲介者グループからは、被告人の意思とは関係なく新たな依頼を持ち込まれて、引き続き同種の行為を継続してしまったのである。

従って、岡山で摘発を受けて以後も、被告人が本件の福田や矢部重雄の不正申告に関与したからといって、原判決のように直ちにこれを被告人の「反社会的性格」に結びつけるのは、早計にすぎるものである。

2 被告人は現在高松市内の自宅で妻子と共に暮らしており、同一敷地内にある賃貸住宅からの収入で生活しているが、原判決が出る前後の頃から、仲介者グループである二宮、金田らからの意を受けた人物らからの金銭取立に悩まされるようになっている。原審における相被告人であった二宮、金田らは、自分たちが受取った謝礼金はほとんど納税者に弁済したとして、その資料を情状証拠として原裁判所に提出し、量刑上かなり有利な判断を受けている。

ところが同人らは、右弁済金は被告人が負担するべきであると言って、右金員の取立を暴力団がらみの人間にまかせ、被告人に対し執拗にその支払を迫っているのである。そのため、被告人は地元での行動の自由を著しく制約され、納税者に弁済するための金策もままならず、場合によっては家を手離さなければならないという状況に置かれている。

被告人の二人の娘は現在結婚と就職を間近に控えた年頃にあるが、右のような状態で被告人が長期間の刑で不在になると、家族が予測しがたい事態にさらされるおそれもある。また妻子は日常の生活にも困るばかりでなく、娘たちの将来に取り返しのつかない影響を及ぼす可能性も大である。

このような家族の被害を最小限に留め、かつ被告人自身の社会復帰の道をも残すためには、被告人を長期に刑務所に送るのは避けることが、刑事政策的配慮としても必要であろう。

3 原審における被告人の供述からも明らかなように、被告人は本件について深く反省しており、再び犯罪に走るおそれも極めて少ない。それにも拘らずこれに対して懲役三年の刑を以てのぞんだ原判決は、被告人の行為に対する評価の面からも、他の共犯者とのバランスの面から見ても重きに失し、不当なものと言わざるを得ない。

よって原判決を破棄し、被告人の刑を軽減するのが相当であると思料する。

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